理解すると共感するの違いとは?そしてその応用方法

 どうも孤独なウェアウルフこと、こどくんです('ω')ノ。最近数少ない友人と話してたんですが、理解と共感の違いを文字にして表現しろという課題が出たと言ってきたんで答えようと思ったんだけど、口が開きませんでした。なので自分なりに考えたので記事にしたいと思います。

 

 理解とは?

 理解という漢字から見るに「理で解く」というように読めます。では、理とは何かというと「物事の筋道、条理、道理」というものです。つまり物事の道理、筋道や自分の条理に従って物事の本当の意味や内容を把握している状態のことを示す概念ということになります。

 共感とは?

 同じように漢字で見ると「共に感じる」と読めます。他人の意見、感情に対して心の底から正しいと感じていることを意味する概念ということです。

 

理解と共感の違い

 理解と共感の意味が分かったとこで、二つの違いを考察していきたいと思う。理解と共感の大きな違いは、考えると感じとるという違いだと私は思った。どういうことかというと、理解とは頭でくみ取って頭で考える、共感とは心でくみ取って心で感じるということです、例えば、万引きをした人がいたとしましょう。大体の人は万引きという行為自体は理解できないでしょう。大体は買ったり、交渉したりして入手します。しかし、万引きをしてでもそれが欲しいという気持ちは共感できると思います。

 

このように、「理解」が客観的な論理の筋道に従って頭で判断する論理的判断であるのに対して、「共感」は自分自身の心の内側で感じるという感性的判断であるということに、二つの概念の違いということが考えられる。

 

応用方法

私は友人選びに使えるのではないかと思っています。

例えば、

1自分のやっていることに、共感できることに理解を示してくれる人

2自分のやっていることに、共感できなくても理解しようと努めてくれる人

3自分のやっていることに、共感できても理解してくれない人

4自分のやっていることに、共感しなくて理解しようとしなく文句言ってくる人

この中で友達として良い関係を築きたいのは、1と2だと思うんですよ。ちなみに私は4の人も根拠を持って文句を言ってくるなら友達になりたい。

このように1、2と仲良くして3、ぼんくらの4とは関係を切るのがいいと思います。

そうすればお互いに気持ちが下がることがなくなります。

共感の危険性

 共感を持つということはとてもれしくなりますよね。でも、その共感が深くなりすぎるとその人に依存していき、そのうちにそのひとの意見や感情を自分のものと勘違いし始めます。共感するのはいいけど自分をしっかりと持ってください

 

ではまた「孤高であれ!」